Diary 249 - 変身バンド
Diary 249 - 変身バンド
こんにちは。
この間、喫茶店に行きました。
席に座りタバコに火を付け、コーヒーを注文してから数分後、隣にギャルが着席。シャネルのポーチを開け、取り出したのはデコられたアイコス。鋭利な爪でカチカチと音を立てながら一服していました。
本来、シャープで洗練されたフォルムが特徴的なアイコスに、これでもかと施されたキティちゃんのストーン装飾。そんな無駄ともとれるアイコスの装飾は、彼女たちの立ち振る舞いそのものを形づくり、迷いなくかわいいを選ぶという、ギャルの強さを際立たせていました。
削ぎ落とされた色や抑制されたシルエット。過剰なものを避けるということ。そういった静謐さやミニマリズムは確かに美しいし、魅了されます。しかし、だからこそ装うことの高揚感は、僕たちの生活をとびっきり贅沢で特別なものにしてくれるのだと感じた瞬間でした。

というわけで、Dries Van Notenのカマーバンドをご紹介します。
本来、カマーバンドはフォーマルウェアのための付属品であって、日常においては決して必需品ではない。機能性という視点で見れば、正直、なくても何一つ困らないアイテムです。
しかし、Dries Van Notenの26年春夏のコレクションでは、サイクルパンツやボクサーショーツを思わせるボトムの上に、カマーバンドを巻いていました。フォーマルとカジュアル、マスキュリンとフェミニン。相反する要素が、ぶつかり合うことなく軽やかに横断する姿に、僕はすごく魅了されました。


ただ巻いて、ただそこに在る。決して意味の無いように見えるカマーバンドは、足し算として存在するのではなく、装いを確実に豊かにし、全体の空気を静かに変えてくれます。
つまり、カマーバンドを巻く行為によって生まれるのは、便利さでも合理性でもなく、確かな佇まいの変化。刺しゅうやスパンコール、インドの職人による手仕事が惜しみなく施されたカマーバンドは、決して華美さを誇示するものではなく、控えめに、しかし悠然と輝く。
役に立つかどうか。目的を果たすかどうか。そうした判断基準から一歩離れたところで、Dries Van Notenのカマーバンドは僕たちの装いに、静かに寄り添ってくれる。


なくてもいいが、あると違う。そして、機能という外側にある美しさ。
Dries Van Notenのカマーバンドは、装うということが、役割や機能を超えたところで人を豊かにする行為なのだと気づかせてくれる。



DRIES VAN NOTEN / GIOTTO EMB - Silver
無駄を豊かさに変える変身バンド。
是非店頭でお試しくださいね。
ウツミ
